11月25日(日)

 僕が中学に進学したときの話。兄と同じ道を選ぼうという気持ちと、体育会でも楽な部類の部活に入りたいという浅はかな気持ちで卓球部に入部した。一緒に入ろうとしていた友達はみんな入らず、会話したことがない同級生ばかりで最初は寂しい気持ちだった。

 しかし、その状況はみんな同じだったようで、次第にみんなで仲良くなり、同級生全員がとても仲良しな良い関係を築けていた。僕は、その人間関係が楽しくて毎日楽しく部活に通っていた。

 その部活と同時期に、中学では新しい科目の授業がはじまった。「英語」だ。小学校の頃に習ったのはローマ字だけで、英語は「Hello」程度しか知らなかった。日本語を日本語として理解しておらず、ただの"言葉"として認識していた僕にとって、新しい"言葉"はとても新鮮に感じ、そこで"言葉"は徐々に"日本語"に変わっていき、英語を理解できるようになっていった。

 僕は英語の授業がとても好きだった。知らないことばかりだし、国語の授業と違って、言葉の仕組みや単語を習うだけなので、やっている事はとても簡単なものだなと感じていた。

 English。エングリシュ。
 sunday。スンデイ。
 bike。ビケ。
 soccer。エスオーシーシーイーアール。

 英語はとても新鮮だったし、覚え方を考えるのがとても楽しかった。特にsoccerのスペルの覚え方は面白い響きでシュールに感じた事で、一瞬にして覚えることができた。こうやって単語を一つ一つ覚えていくことがとても楽しかったのだが、1学期にしてとてもつもない難易度の高い単語と巡り合った。

 interesting。

 インタレスティング。「面白い」という意味なのだが、あまりにも単語が長く、覚えるのが難しい単語として、その日はずっと胸に引っかかっていた。インタレスティング。インタレスティング。長い単語を覚えたことで、とても賢くなった気になっていた。

 その日の部活の時も、この単語は常に頭のどこかに浮かんでいた。特に意味はないが、疲れなどで何も考えられない時に頭に出てくる。基礎体力作りでランニングをやらされている時にも、常にインタレスティングが脳裏をよぎっていた。

 僕達1年生の指導にあたっていた1つ上の先輩はとても厳しかった。はじめて後輩を持つということで、かなりの優越感があったのだろう。ランニングが終わったあとに筋トレをする事になり、体力で個人差がかなりあるために遅く終わる人や早く終わる人が出てくる。僕はその中でも遅い部類だった。

 体が小さく、ロクに運動をしてこなかったために、僕の体は少々の筋トレでも悲鳴をあげていた。なので、先輩からしてみればいじめ甲斐があったのだろう。「早くやらんかいー!」と罵声に近いものを浴びせられる。

 僕がようやく筋トレを終え、ぐったりしていると「早く立て!次のメニューやるぞ!」と言われ、さらに背中に蹴りを入れられた。はじめて蹴られた。はじめて人に蹴られた。僕にとってはそれがとても衝撃的だったが、疲れで何も考えられず、頭がボーッとしていて、目覚めつつあったマゾヒストの血からなのだろうか、笑顔になっていた。そして、僕は笑顔で「インタレスティング!」と少しゆっくり発音した。

 「インタレスティングってなんやねん!」先輩から鋭いツッコミが入り、さらにまた蹴りを入れられた。僕はまた「インタレスティング!」と少しゆっくりと、さっきよりも滑舌よく言った。続けてまた先輩から「だからインタレスティングってなんやねん!」と鋭いツッコミが入り、また蹴りを入れられた。先輩は笑っていた。僕も先輩に釣られてもっと笑顔になった。

 インタレスティング。それは「面白い」という意味の単語。おそらく先輩は頭が悪く、interestingの意味を本当に知らなかったのだろう。たとえ上下関係があっても、インタレスティングと言えば、単語の意味と同じ「面白い」空気が流れるという魔法の言葉。困った状況になった時に、一度「インタレスティング!」と唱えてみてはいかがだろうか。インタレスティング!

11月23日(金)

 あれは、僕が中学二年生の時だった。中二といえば、厨二病をもっともこじらせている時期で、僕も尾崎豊を聞いて一人で感動に浸っていた。この時期は、そういうような「ひとりで完結できる世界」というような、自分の世界を創造してはその世界で生きる事に最高の幸せを感じていた。

 たとえば、"僕が考えた最高にかっこいい服装"に着替え、周りの目は明らかに冷めているというのに、自分にとってかっこよく見えていればいいという発想で、そのまま友達と遊びに行って迷惑をかけたりだとか、周りの目など一切気にしない幸せな日々を送っていた。

 そんなある日の休日、僕は出かける用事があったので、先述したような"僕が考えた最高にかっこいい服"に着替え、友達と会った。その友達の家の近所をウロウロし、近くに住んでいる別の友達の家に上がり込んで遊ぼうという、周りのことなど何も考えない「ひとりで完結できる世界」に友達と一緒に浸るという遊びをすることにした。これを考えたのは僕ではなく友達なので、友達も僕と同じような厨二病だったのだろう。

 そんなよく似た僕と友達は、とある一軒の家の駐車場で犬の姿を目撃した。茶色い中型犬で、見た目はドーベルマンに似ていたが毛が多かったので雑種にも見えた。そんな茶色い中型犬は、僕達を見るなりとてつもない獰猛な声で鳴きはじめた。「ワン!ワン!」のような生易しいものではなく、「ヴヴァン!ヴヴァン!」というような、近所中に響き渡るような大きな鳴き声だった。
 僕はそんな犬をどうにか撃退したい衝動に駆られた。どうすれば犬を撃退できるのかと。どうすれば犬を黙らせる事ができるのかと。今までに学校で培ってきた頭脳で必死に考え、僕はひとつの結論に至った。

 吠え返せばいい。


 もともと、犬はとても警戒心が強く、飼い主を守る目的で吠える。要するに、僕達が怖いのである。怖くなければ吠えることはしない。しかし、より恐怖心を与える事ができれば、撃退できるのはないだろうか。僕はそう考えた。一方の友達は黙って通り過ぎようとしていたが、犬に負けて逃げてしまっては「負け犬」なんてレベルでは済まないはずだ。生半可な生活知識で身についた奇妙なプライドが僕を掻き立てる。そして、僕は獰猛な声で吠える犬よりも、さらに獰猛な声で吠え返した。


 僕「ヴヴァオオオォォォン!!!!ヴァオオ!ヴァオオ!ヴァオオオオン!!!」


 茶色い雑種のような犬の目を睨みつけ、どこぞの犬よりも犬になったつもりで、できる限りを尽くした声で叫び吠えた。獰猛に吠えていた犬は僕の叫びを聞いて黙り、駐車場の奥へとゆっくり歩いて行った。

 僕は勝利の余韻に浸っていた。犬に勝った。僕は犬に勝ったんだ。犬よりも犬になれたんだ。ものすごい幸福感が僕を包む。あの犬よりも迷惑な鳴き声で叫んだというのに。周りの事など一切気にせず、「ひとりで完結できる世界」の中に入り込んでご馳走を食べている気分だった。

 友達は、その僕の姿を見て若干引いていた。だが、引いてくれて構わなかった。僕はやりきった。友達がどう思おうと関係がない。しかし、友達から衝撃の一言が飛び出した。


 友達「お、おい。上見てみろ」


 なんだなんだ、上に虹でもかかっていたのか?と思ったが、ただの青空だった。たしかにキレイだがなんだ。しかし、上のほうを探していると、犬のいた家の2階のベランダに、虹ではなく物干し竿がかかっていたそばに、何か見たことがあるようなひt――


 ――同級生2人。


 ――しかも。


 ――女子。


 僕だけの世界はそこで一瞬にして崩壊した。その二人は、僕達をずっと観察していたかのように、素晴らしい笑顔でこちらのほうを観察していた。しかもその同級生はクラスでもヤンキーに入る部類で友達も多い。確実に他のクラスの女子に言いふらされる。「ひとりで完結できる世界」なんて意味が無い。現実世界が危ない。僕は一気に顔面蒼白になり、きらびやかな幸福感など微塵も感じられないような無表情へと一瞬にして切り替わった。

 僕達は厨二病のことなどを忘れ、その友達の家まで早足で引き返して黙々と対戦ゲームをして遊び、「ふたりで完結できる世界」へと逃げ込んだのであった。翌日の学校の話はとてもじゃないけど書けない。

11月04日(日)

 僕は女性不信だ。数々の女性に雑な扱いを受け続け、ほぼ全員の女性に浮気をされ、とても不愉快な思いをしてきた。もう女性なんか信用できない。そう思っていても、やっぱり女性はとても魅力的に感じてしまう。でも日本人はもうコリゴリだ。どこかで外国人の女性と話すことはできないものか…。でも外国人女性と直接話す機会なんてないし、iphoneで外国人と話せるアプリは無いかなあと思ってiphoneアプリを探していると、1つのアプリを見つけた。「ドキドキ郵便箱」というアプリだ。このアプリは知らない人とメッセージを送り合うことができる、よくあるものだ。

 もともと、そういうiphoneアプリが大好きで、いくつか使用しているんだけども、その中でも「ドキドキ郵便箱」というiphoneアプリは外国人(主に韓国人)からよくメッセージが送られてくる。翻訳はアプリのほうでしてくれるし、文法も日本語と韓国語が似ているので、日常会話であれば問題なく母国語同士で会話ができる。なので、新しい価値観を持った日本人女性と話しているような感覚なのでとても楽しいので、みるみるうちにハマっていき、毎日のように韓国人女性と話すようになった。

 ただ、やはり日本に良いイメージを持っている人は少ないようで、会話中に歴史問題や竹島のことを話題にする女性がほとんどで、どうもそういったものが壁になってなかなか仲良くなれない。おそらく歴史問題がなければそれなりに仲良くやれるんじゃないかなと思うんだけど、これはもうどんなことをしたところでどうにもならない。結局、韓国人女性もダメか、と思うようになっていった。

 そんな中、一人の韓国人女性と出会った。18歳の女の子で、日本のアニメを好きになったことをきっかけに日本語学校に通う女性だった。とても日本の事を好意的に見てくれていたし、歴史問題も特に興味を示さなかった。これはいける!そう思った。

 そうやって2日ほどメッセージを送り合う関係が続いた。すると向こうからメッセージが届いた。


 「あなたと話すのが楽しいです!LINEのID教えてもらえますか?」


 もらったと思った。女性不信が一気に晴れた瞬間だった。向こうから寄ってくるなんて、もう勝ったようなもの。ウキウキでLINEのIDを教え、彼女からLINE宛てにメッセージが届いた。

 LINEはアイコンを設定できるのだが、彼女は自画撮りだった。目が大きくて整った顔つきをいていてとても可愛かった。僕は一目惚れをしてしまった。もう彼女の虜になっていた。「かわいい!」と言うと「ありがとうございます!^^」と言ってくれた。たまらなさすぎる。もう何を言われても何をされても可愛く感じる。

 一方、僕のアイコンは漫画『みつどもえ』の「丸井ひとは」ちゃんだった。mixiのアイコンと全く同じものだ。彼女がアニメ好きだという事で、ひとはちゃんの可愛さを彼女に説明した。むちゃくちゃウキウキだったので超ハイテンションで。彼女は若干引いていた。

 彼女は会話の流れを切ろうと思ったのか、僕の自画撮りを要求してきた。別に送っても良かったが、彼女と釣り合うような外見ではないので戸惑った。iphoneを自分に向けて撮るとブサイクにうつる。鏡越しに撮るのが一番いい。ただ、送りたくない気持ちがかなり強かったので、せめて時間を稼ごうと思った。そうだ、一旦、別の写真を送ろう。まだ写真を送ったことがないし、本当に送れるか確かめよう。

 僕は彼女に聞いた。

 「一度、別の写真を送っていい?写真を送ったことがないからテストしたいんだ」

 「うん、いいよ!わかった^^」

 僕は悩んだ。何を送ろうか悩んだ。べつになんでもよかったが、話題になるものがベストなはずだ。そうだ、この前、家の洗濯干しにいたカエルの写真を送ろう。むちゃくちゃ小さくて丸いからきっと喜んでくれるはずだ!

 僕は彼女に聞いた。

 「カエルの写真って平気?」



 ――彼女は部屋から退出しました。



 ブロックされた。何を送っても、自画撮りを送っても返事が返ってこない。メッセージを見ると「既読」と表示されるのだが、それも一切表示されない。何も反応がない。これが、ブロックなのか…。

 なぜなの?聞き方が悪かったの?それにしてもブロックするほどの事なの?2日かけて築きあげてきたものって"カエル"という一言で崩壊するものなの?僕の頭の中はハテナでいっぱい。日本人女性もよくわからなかったけど、韓国人女性もよくわからない。僕の女性不信はなくなることはなく、より一層深まっていくのであった。