■「HA.NA.GE」第1章−憎悪−
今日は彼氏とデート!私はすごくウキウキしていた。
会うのは1ヶ月ぶりだし、内定が出たので良い報告ができる。
他にも話したい事がたくさんある。
彼と会うのがすっごく楽しみだ!
抑えられない気持ちのように、待ち合わせ時間よりも30分も早く着いてしまった。
彼はまだ来ていなかったけど、この時間もとても幸せに感じた。
彼に何を話そうかなと思いながら待っていると、彼の姿が見えた。
「お待たせ!」
彼がさわやかに笑顔で言いながら走ってくる。
「ううん、私も今きたとこ。」
嬉しい気持ちを押し殺しながらそう言い返した。
二人で久しぶりの会話を楽しんでいると、
彼は私のほうをジロジロと見つめてきた。
がんばって化粧をした甲斐があったかな♪
でも、彼の様子が少しおかしい。
びっくりしたような、不思議そうな顔をしながら
私の顔の真ん中あたりを凝視して、小さく口を開いた。
「鼻毛、出てない…?」
彼は、
ゆっくりと、
何かを確かめるように言った。
私は彼が何を言っているのかわからなかった。
がんばって化粧をしてきたつもりだし、
そんな事はあり得ない事だと確信していた。
でも、言ったのは私の大好きな彼。
本当に鼻毛が出ているかもしれないから
口元を押さえ、びっくりするような表情を浮かべ、
「嘘…?!」と声をあげながら、
指先で鼻の穴付近を触ってこっそり確認をしてみた。
鼻毛、出ていた。
今までの人生で一番化粧をがんばってしてきたのに、
たくさんの時間をかけて鏡と向き合ったのに、
なぜ鼻毛が出ているのか。
なぜ鼻毛を切らなかったのか。
なぜ鼻毛が伸びる体質なのか。
私は自分をすごく攻めた。
そして、彼に深々と頭を何度も下げ、何度も謝り続けた。
「ご、ごめん…!本当にごめん!」
彼は、私が謝る姿を同情するような目で見ていた。
そんな目をしていた彼の顔は、徐々に呆れた表情になっていった。
「ごめん。なんか気分乗らないわ。それじゃ。」
彼は私に手を振らず、後ろも振り返ることなく、その場を去っていった。
私は涙が止まらなかった。
鼻毛が出ていなければ。
鼻毛さえ出ていなければデートは成功していたはずなのに。どうして。
鼻毛め。鼻毛さえなければ。
I want to kill HANAGE.
数分くらいその場で泣き崩れ、
がんばっていた化粧はほとんど溶けてなくなっていた。
その時、私の中で今日の事がすべて吹っ飛んで消えた感覚になった。
(今日は何をしていたんだっけ…)
思わずそんな事を思ってしまうくらい動揺していた。
(もしかして、鼻毛が出ていたのも無かった事なんじゃ…?)
そう思い、私は、周りの人にバレないように手で鼻を隠し、
指先で鼻の穴付近を触ってこっそり確認をしてみた。
鼻毛、出ていた。
どんなに泣いても、どんなに不幸になっても、
鼻毛が抜けることも、鼻毛がなくなることなんてない。
ストレスで抜けるのは鼻毛でいいのに、抜けていくのは気力と髪の毛だけ。
(こんなものなんて抜いてしまえ…!なくなってしまえばいいんだ!!)
私は、怒り狂って鼻毛を指でつかみ力任せに思いっきり引っぱった。
「ふんぬううう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ッ!」
心の闇のチカラをすべてぶつけた結果、とてつもなく低く力強い声が出てしまった。
しかし、全くびくともしなかった。
私の鼻毛は、私よりも力強い根っこを持っていた。