■「HA.NA.GE」第2章−葛藤−
「ただいまぁ…」
うつむきながら自分の家に元気なくたどりついた。
どうしてあんな事になってしまったのか…
ベッドに座り、頭を抱え、たまに鼻先を指でチロチロと触り
鼻毛があるのかを確認しながらため息をついては背中を丸めていた。
もちろん、鼻毛処理はしたことはある。
でも、いつも適当に指で抜いていただけだった。
「女の子なんだから鼻毛が飛び出るはずがない!」
などという頭がお花畑状態のわけのわからない考えだった。
しかも、そのお花畑は幻想で、それは毛が咲いている鼻毛畑だった。
こんな事が二度とないように、もう一度振り向いてもらうためにも、
これからはきちんと処理をしないといけない。
でも、私の手元にあるのはハサミだけ。
それも、紙を切るときに使うような作業用ハサミだけだ。
これでどこまで切れるのかわからない。正直不安…。
でも、自慢じゃないけど、私の鼻の穴は結構広い!
作業用ハサミでも十分に鼻毛を切ることができるはず!
私は、ハサミを握り、それを鼻の穴に突っ込んだ。
ジョキ、ジョキ、ジョキ。
軽く切ったところで、鼻に指を突っ込んでみる。
意外と鼻毛は切れている。
でもなんだか感触が気持ち悪かった。
鼻にたわしが棲んでいるような、
鼻毛の濃さを感じさせられるような感触だった。
どうやら、もう少し深く剃る必要がありそう…。
私は、もう一度ハサミを鼻の穴に突っ込み、
鼻毛の生え際にハサミを沿わせながら切っていった。
ジョキ、ジョキ、ジョk――
痛ッ!!
鼻毛を切るはずだったのに、
鼻毛の生え際の肉を切ってしまった。
私の鼻からこぼれ落ちる血。
スポイトのように、血が一滴ずつポタポタとベッドにこぼれ落ち、
あまりの痛さから目から涙もこぼれ落ちた。
涙が出た事で、それまでに溜まっていたものが吐き出された気になったのか
、
そのまま号泣してしまった。
彼氏に嫌われてしまった。
鼻毛で嫌われてしまった。
鼻毛を切ろうと思ったけど、
鼻毛にも嫌われてしまった。
いろんな思いと感情が胸に溢れ、
涙と鼻血は止まらなかった。
しばらく泣き崩れたあと、
着ていた白のワンピースが鼻毛と鼻血まみれになっていたことに気がついた。
もう白のワンピースは捨てよう。
こんな忌々しい思い出が詰まった服なんていらない。
だから、鼻毛と鼻血まみれになっていたのは本望だった。
全部消し去りたい。思い出も。ワンピースも。鼻毛も。
私は手鏡で自分の鼻の穴の様子を見た。
蛍光灯に照らされるようにアゴを上げ、隅々まで確認をした。
鼻の穴の横まで見たところ、まだまだ鼻毛は元気に棲息していた。
私は鼻毛に負けてしまうのだろうか。
ハサミと手鏡を手から離し、仰向けになり、ただ上を見上げ、無心になった。
床に置いた手鏡からは、私の鼻の穴から覗く鼻毛がとてつもない存在感を放っていた。